2013年8月2日金曜日

DVD「白 鯨 MOBY DICK (冒 険 者 た ち / 因 縁 の 対 決) 」

昔のヨット仲間が送ってくれたDVD。こんな映画がでているとは知らなかった。キャストを見ると、なんとウィリアム・ハートがエイハブ船長を演ずるという。ウィリアム・ハートというと往年の美青年であることもさることながら、「根っから善良ないいやつだけれど、それゆえにある種の悲しみから逃れられない陰翳のある男」といった役柄がお上手。エイハブという名前を持って生まれた因業からか生まれつきの偏執狂であるエイハブ船長とはどうにもイメージが合わない。どういうことになるのか恐る恐る見てみたが、結論から言ってこれ大成功の映画化でした。いままでの「白鯨もの映画」の中で白眉の出来具合ではないか?小説の解釈も〔現代風に些末なところで手を入れたところもあるけれど〕原作に素直に忠実で好ましい。メルヴィルは本当はこれを強調したかったのかも知れないという、おいらなりの「新解釈」も発見しましたよ。

『白鯨』は実に多用な解釈が成り立つ作品である。ピークォド号は多民族国家であるアメリカ合衆国の象徴であるとか、モービーディックは滅びゆく白色人種の凶暴性そのものであるとか、海は人生と世界であるとか、いろいろ。そんな難しい解釈は別にしても『白鯨』のテーマは男の「偏執」にあるとするのは妥当なところだが、おいらはこの映画を観て感じたが「偏執そのもの」がテーマであることに加え「人から人への偏執の伝染と伝播」が重要なテーマとなっていることに気がついたのである。

たとえば原作と映画で重要な契機となるエイハブ船長のアジ演説がある。エイハブ船長は船員全員を甲板に集めた後、まず金貨をマストに打ち付け、白鯨を最初に見つけたものにはこの金貨をやると金銭欲で釣る。次に捕鯨のやり方の手順を全員に復唱させて原始的な狩猟本能に皆が燃え上がるのを待つ。それからチームワークに訴え白鯨を殺すのはみんな全員が力を合わせなければならぬ高尚な使命だとアジり、全員に歓声を上げさせる。最後にこの使命に背くものは反逆者だと結論づけ一切の反論を認めないことを念押しし全員に誓わせる。スターバックなどの良識派は口をつぐまざるをえず、いまや全員が狂気に狂う。みごとなアジ演説だ。でもこれは強面の真面目演説だけでは絶対に成功しない。エイハブ船長は巧みに部分部分で愛嬌と人間味を混ぜて話し続けるのだ。これこそがウイリアム・ハートでないと出来なかった演技。大根グレゴリー・ペックにはどだい無理だった。「確執の伝染性」がみごとに表されているシーンだ。

悪漢ヒトラーもたまに人間味を見せるときがあったという。ドイツ国民はコロッとだまされてその後どうなったから皆の知るところ。注意したいものである。

この「確執の伝染」というテーマは、メルビルが『白鯨』と相前後して書き下ろした小説『代書人バートルビー』のテーマでもある。ニューヨークの代書人事務所に傭われた若者の偏執性が徐々に雇い主にも伝染して行き、抜き差しならない状況が生まれて行くという恐怖小説。時期的に見ても当時のメルヴィルの主要な関心事はここにあったと考えてよさそうである。

もちろん『白鯨』の今日的解釈はいつでも可能だ。主人公の語り部「イシュメール」はこの大惨事から「我一人逃れて汝らに語らんとして」生還する。しばらくはもう海はこりごりとばかり陸の生活を送るだろうが、やがて「陸の生活に飽き海が無性に恋しくなり」またぞろ捕鯨基地ナッターケントを目指すことは目に見えている。再度白鯨を追っかける大冒険が始まるのだ。白鯨は不死身に見えるが既に手負いだ。やがては物量で勝るアメリカ合衆国の象徴である第二第三のピークォッド号に仕留められてしまうだろう。かくして白色人種による力による世界支配が終わりついに多民族国家の世界が誕生するのだ……とかの解釈も出来るのである。その辺は読者が勝手に新解釈を創り上げればいいことになっている。



白 鯨 MOBY DICK (冒 険 者 た ち / 因 縁 の 対 決) [DVD]

0 件のコメント: